伝搬損失と SNR — 届く / 届かないを読む
伝搬損失 TL、雑音 NL、配列利得 DI を使って、届く / 届かないを dB の足し引きで読めるようにする。
TL は拡散と吸収の概算値
水中の音は、距離が伸びると幾何学的に薄まる 拡散損失 と、熱などへ変わって減る 吸収 の両方で弱くなります。入門では、球面拡散なら 20 log10(R)、円筒拡散なら 10 log10(R) を目安にします。そこへ吸収を足して TL の概算値とします。
吸収は周波数が高いほど増えやすいので、高周波は細かく見やすい一方で遠距離に不利になりやすい、というトレードオフが生まれます。
球面拡散と円筒拡散の使い分け
拡散損失のモデルは、音波が広がる空間の幾何によって変わります。
- 球面拡散 (20 log10 R): 音源から音が全方位に等しく広がる場合。深海や音波の伝搬が水面・海底に拘束されない領域で成り立ちます。
- 円筒拡散 (10 log10 R): 浅海で水深に対して水平距離が大きい場合、音波が水面と海底の間に挟まれて 2 次元的に広がるため、円筒状の拡散モデルが近づきます。
目安としては、水深 H に対して水平距離 R が R ≪ H 程度であれば球面、R ≫ H で表層・底層で反射が繰り返される長距離伝搬では円筒拡散に近づきます。中間領域では 15 log10 R のような実用係数を使うこともあります。本講座のシミュレータでは、この係数を切り替えられるようにしています。
受動 SNR の式を作る
まず受動から考えます。受動では、対象が放射した音が受信機まで 片道 伝搬します。送信側の音圧レベルを SL(対象の放射音源レベル)、片道伝搬損失を TL、雑音レベルを NL、受信側の配列利得を DI とすると、受信機での信号レベルは SL − TL、有効雑音レベルは NL − DI となります。両者の差が SNR です。
SNR_passive = SL − TL − (NL − DI)
大事なのは、dB では掛け算ではなく 足し引き として現れることです。TL が大きくなるほど信号は落ち、DI が大きいほど雑音側を押し下げやすくなります。
能動 SNR の式を作る
能動では、ソナーが ping を出してから対象に当たって反射し、受信機まで戻ってくる 往復経路 となります。送信音は往路で TL を受け、対象で TS ぶんだけ反射されて、復路でもう一度 TL を受けます。受動式に対する差分を強調すると次のようになります。
SNR_active = SL − TL − TL + TS − (NL − DI)
= SL − 2TL + TS − (NL − DI)
受動式と比べると、TL が −TL から −2TL に変わり、新たに対象の反射特性 TS が加わっただけです。距離が伸びると 2TL の効きが大きいため、能動は遠距離で SNR が急速に低下しやすい、という直感がこの差分から読めます。
SL の典型的な値の目安
SL(Source Level)は装置や対象によって幅広く変化します。本講座の演習で出てくる数値が現実のどの装置に対応するかの目安は次の通りです。
- 受動側 SL(対象の放射音源レベル): 小型船舶で 140〜160 dB re 1 µPa @ 1 m、商船・大型艦艇で 170〜190 dB re 1 µPa @ 1 m 程度。受動演習で SL = 165 dB を使うのは商船クラスの代表値です。
- 能動側 SL(送信音源レベル): 携帯型 echosounder で 180〜200 dB re 1 µPa @ 1 m、大型艦船ソナーや低周波 ASW ソナーでは 220 dB re 1 µPa @ 1 m を超える例もあります。能動演習で SL = 210 dB を使うのは中〜大型ソナーの代表値です。
dB の単位はすべて re 1 µPa @ 1 m(基準音圧 1 µPa、基準距離 1 m)として定義されています。
TS の役割
Target Strength (TS) は、対象がどれだけ後方散乱を返すかの指標です。大きく平らな金属面と、細い柔らかい構造物では反射のされ方が異なります。入門では「TS が大きいほど反射を拾いやすい」と覚えれば十分です。
ここでは簡略式だけを扱い、実環境の多重反射や残響、屈折・境界散乱は細かく扱いません。まずは 1 次近似で dB の感覚を作ることが目的です。
この章の理解チェック
TL の構成、吸収と周波数の関係、SNR を dB で足し引きする感覚を確認します。
Q1. 球面拡散で 10 倍遠くなるときの増分。球面拡散を 20 log10(R) で近似します。距離が 10 倍になると、拡散損失は何 dB 増えますか。
20 log10(10) = 20 です。
距離が 10 倍なら、球面拡散だけで 20 dB 増えます。
Q2. 吸収と周波数の関係。海水中の吸収について、入門として最も正しい理解を選んでください。
高周波は「熱へ変わりやすく、遠くまで届きにくい」が基本感覚です。
高周波ほど吸収が増えやすく、同じ距離でも損失が大きくなります。
Q3. 受動 SNR を 1 回計算する。簡略式 SNR = SL - TL - (NL - DI) を使います。SL = 165 dB, TL = 80 dB, NL = 70 dB, DI = 10 dB のとき、SNR は何 dB ですか。
まず NL - DI を作ってから引きます。
165 - 80 - (70 - 10) = 25 dB です。
Q4. 能動 SNR を 1 回計算する。簡略式 SNR = SL - 2TL + TS - (NL - DI) を使います。SL = 210 dB, TL = 70 dB, TS = -10 dB, NL = 65 dB, DI = 12 dB のとき、SNR は何 dB ですか。
2TL = 140 です。
210 - 140 - 10 - (65 - 12) = 7 dB です。
Q5. Target Strength の意味。Target Strength (TS) の最も近い説明を選んでください。
backscattering, echo strength を思い出してください。
TS は対象がどれだけ入射音を後方散乱し、ソナーへ返すかの対数指標です。
この章で持ち帰ること
- TL は拡散と吸収の概算値として読む。
- 高周波ほど吸収が増えやすく、遠距離では不利になりやすい。
- 受動 / 能動の SNR は dB の足し引きで読める。