TCP再送で産業用カメラ通信が止まる原因と切り分け

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産業用カメラや装置制御の通信では、平均では速いのに たまに数秒止まる という現象がいちばん厄介です。再現率が低く、普段は何も起きないので、UI、スレッド、GC、カメラ SDK、NIC、スイッチ、全部が少しずつ怪しく見えてきます。

今回扱うのは、産業用カメラを制御するアプリとホストの TCP 通信で、まれに数秒間だけ通信が止まる事象です。調べてみると、正体はアプリの停止ではなく、パケットロスに起因する TCP の再送待ち でした。さらに、RFC1323 系のタイムスタンプ機能(現在の整理では RFC 7323)を有効にすることで、この系では待ち時間を最小限に寄せられました。

装置名や構成、数値は一般化していますが、考え方はそのまま実務で使えます。

目次

  1. まず結論(ひとことで)
  2. 症状の見え方
    • 2.1. アプリは生きているのに応答だけ数秒止まる
    • 2.2. 低頻度なのでログだけだと見えにくい
  3. 何が起きていたか(図)
    • 3.1. パケットロスから再送待ちに入る
    • 3.2. 秒単位停止と RTO の形が合っていた
  4. 調査で見たポイント
    • 4.1. まずアプリ内の停止要因を外す
    • 4.2. パケットキャプチャで再送を確認する
    • 4.3. 交渉されている TCP オプションを見る
  5. RFC1323 タイムスタンプが効く理由
    • 5.1. タイムスタンプは RTTM と PAWS のため
    • 5.2. 再送時の RTT 測定の曖昧さを外せる
    • 5.3. この事例で待機時間を詰められた理由
  6. 実際にやった対策
    • 6.1. タイムスタンプを有効化する
    • 6.2. SYN / SYN-ACK で TSopt を確認する
    • 6.3. それでも効かないときに見る場所
  7. Wireshark で見るポイント
  8. ざっくり使い分け
  9. まとめ
  10. 参考資料

1. まず結論(ひとことで)

  • まれに数秒止まる TCP 通信は、アプリ停止ではなく パケットロス後の再送待ち が正体のことがあります
  • パケットキャプチャで Retransmission と大きな時間差が見え、停止時間が RTO の待ち方と噛み合うなら、かなり怪しいです
  • TCP timestamps option は RTT 測定と PAWS のための仕組みで、再送時の RTT 測定の曖昧さも外せます
  • この事例では、RFC1323 系のタイムスタンプ機能を有効にすることで、RTO 推定が古く保守的なまま残る時間を減らし、秒単位の停止を最小限に寄せられました
  • ただし、これは ロスそのものを消す魔法 ではありません。物理層、NIC、スイッチ、中間機器、ドライバ、バッファ設計の見直しは別に必要です

要するに、「たまに数秒止まる」の正体が TCP の中の待ち時間なら、アプリのリトライだけ頑張っても芯を外します。まず wire を見て、再送待ちかどうかを確定させたほうが早いです。

2. 症状の見え方

2.1. アプリは生きているのに応答だけ数秒止まる

最初にややこしいのは、アプリ全体が固まっているようには見えないことです。

  • UI は完全には死んでいない
  • プロセスも落ちていない
  • CPU も貼り付いていない
  • ただし、カメラ制御コマンドの応答だけが たまに 数秒抜ける

こういう症状は、アプリ内の deadlock や無限ループとも見分けがつきにくいです。しかも装置制御では、1 回の数秒停止がそのままライン停止の印象になります。平均値がきれいでも、現場の体感はだいぶ悪いです。

2.2. 低頻度なのでログだけだと見えにくい

このタイプの不具合が面倒なのは、発生頻度が低いことです。1 時間に 1 回、半日に 1 回、条件が重なったときだけ、みたいな振る舞いをします。

ログだけで追うと、だいたいこうなります。

  • アプリログ上は「送信した」「返ってこない」で止まる
  • 受信側ログは「何も来ていない」に見える
  • たまたま同じ時間帯に別のイベントも起きて、犯人が散る

こういうとき、アプリログだけで因果関係を復元しようとすると、わりと普通に沼ります。通信層まで一段下りたほうが早いです。

3. 何が起きていたか(図)

3.1. パケットロスから再送待ちに入る

今回の筋はシンプルです。途中のどこかでパケットが落ち、送信側が ACK を待ち、来ないので RTO を待ってから再送していました。

カメラ側ネットワークホストアプリカメラ側ネットワークホストアプリここでロスACK が来ないので待つこの要求の回復には RTO 待ちが入るここで通信再開制御コマンド (Seq=N)制御コマンドを再送再送パケット到達ACKACK

アプリから見ると「数秒止まった」ように見えますが、TCP 的には「まだ ACK が来ていないので、再送タイマの満了を待っていた」というだけです。地味ですが、こういう止まり方は普通にあります。

今回の制御通信は、小さな request/response が多く、1 回のやり取りで大量の未 ACK データが飛んでいませんでした。そのため duplicate ACK を十分に集めて fast retransmit に乗るより先に、RTO 待ち が表に出やすい構成でした。

3.2. 秒単位停止と RTO の形が合っていた

TCP の再送待ちは、実装差はあるものの、保守的な待ち方をします。RFC 6298 では、初期 RTO は 1 秒が基準で、計算結果がそれより小さければ 1 秒に切り上げ、タイムアウトが起きたら倍化します。

はいいいえパケットロスACK が来ないRTO 待ち再送ACK が返る?通信再開RTO を倍化

なので、数百ミリ秒で終わってほしい局面でも、条件が悪いと 1 秒、2 秒、4 秒のような待ち方に見えることがあります。今回の「まれに数秒止まる」は、この形とかなり素直に噛み合っていました。

4. 調査で見たポイント

4.1. まずアプリ内の停止要因を外す

いきなり TCP と決め打ちせず、先にアプリ側の典型要因を外しました。

確認したもの 見た理由 今回の結論
UI スレッド / ワーカースレッド ハングや相互待ちの確認 主因ではなかった
CPU 使用率 高負荷による処理遅延の確認 停止時も張り付きではなかった
GC / メモリ圧迫 一時停止の確認 停止時間の形が合わなかった
カメラ SDK 呼び出し SDK 内待機の確認 wire 上の遅延と一致しなかった
パケットキャプチャ 通信層の再送確認 ここで原因の筋が見えた

ここで大事なのは、アプリログの時刻だけで犯人を決めないことです。装置制御アプリでは、上位の待機は下位の待機をただ映していることがあります。

4.2. パケットキャプチャで再送を確認する

パケットキャプチャを取ると、停止している時間帯で TCP Retransmission が見え、さらにその直前に ACK が返ってきていないことが分かりました。

見るべき点はこのあたりです。

  • 同じ Seq の再送が出ているか
  • 再送までの時間差が停止時間と一致するか
  • Dup ACKFast Retransmission ではなく、RTO 満了待ちに見えるか
  • 問題の接続が毎回同じ tcp.stream に出るか

ここが合うと、「アプリが止まっている」のではなく、「TCP が再送待ちをしている」がかなり濃くなります。

4.3. 交渉されている TCP オプションを見る

次に見たのが、接続開始時の SYN / SYN-ACK です。タイムスタンプは TCP 接続の 3-way handshake で交渉されるので、ここに TSopt が出ていなければ、その接続では使われません。

カメラ側ホストカメラ側ホストここで交渉できて初めて以降のセグメントで TSopt が使えるSYN + TSopt ?SYN/ACK + TSopt ?ACK

ここを見ないまま OS 設定だけ触ると、「有効にしたはずなのに効いていない」という、これまた地味な事故になります。設定値より wire の事実のほうが強いです。

5. RFC1323 タイムスタンプが効く理由

実務では「RFC1323 のタイムスタンプ」という呼び方がまだ残っていますが、現行の整理は RFC 7323 です。この記事では慣用に合わせて RFC1323 と書きつつ、意味としては TCP timestamps option を指します。

5.1. タイムスタンプは RTTM と PAWS のため

TCP の timestamps option は、主に 2 つの目的で使われます。

  • RTTM(Round-Trip Time Measurement)
  • PAWS(Protect Against Wrapped Sequences)

ここで今回効いたのは RTTM 側です。送信したセグメントの TSval を、相手が ACK の TSecr で返すことで、送信側は RTT をより細かく、より正確に測りやすくなります。

5.2. 再送時の RTT 測定の曖昧さを外せる

再送が入ると、タイムスタンプなしでは「この ACK は最初の送信に対するものか、再送に対するものか」が曖昧になります。これがいわゆる Karn のアルゴリズムが気にしている点です。

RFC 6298 では、再送されたセグメントでは RTT サンプルを取ってはいけない、とされています。理由は、どの送信に対する ACK か分からないからです。ただし、timestamps option があると、この曖昧さを外せます。ACK に入ってくる TSecr を見れば、どの TSval を持ったセグメントが届いたかを識別できるからです。

受信側送信側受信側送信側このセグメントがロスACK が来ないので待つどの送信への応答か判別できるSeq=N, TSval=1000Seq=N, TSval=2000 を再送ACK, TSecr=2000

ここが、今回の改善の芯です。

5.3. この事例で待機時間を詰められた理由

この事例では、パケットロスがときどき発生し、そのたびに RTT / RTO の推定が保守的に寄りやすい状態でした。タイムスタンプを有効にすると、再送を含む場面でも RTT の見積もりを更新しやすくなり、RTO 推定が古いまま膨らみ続ける時間を抑えられます。

言い換えると、今回やったのは TCP を速くする魔法ではなく、TCP が必要以上に長く様子見し続ける時間を減らすこと です。

もちろん、RFC 7323 も「RTT サンプルが増えれば何でもきれいに解決する」とは言っていません。RTO の最適化に効く度合いは限定的な面もあります。ただ、再送時の曖昧さを外せる という点は、今回のような系で素直に効くことがあります。

注意点もあります。

  • これは TCP stack の実装に依存する部分があります
  • タイムスタンプだけでパケットロス自体は消えません
  • 物理層や中間機器が悪ければ、根本原因は別にあります
  • SACK や NIC ドライバ、オフロード設定、スイッチ側の問題も別で見たほうがよいです

ただ、今回のように「ロスはゼロではない」「でも本当に痛いのは秒単位の待ち」という系では、かなり効くことがあります。

6. 実際にやった対策

6.1. タイムスタンプを有効化する

対策としては、接続両端で timestamps option が交渉できる状態にしました。Windows 系では RFC 1323 オプションとして扱われることがあり、OS 設定やネットワーク設定の影響を受けます。

ただし、実務では「設定画面で有効になっている」より、「SYN / SYN-ACK の実パケットに TSopt が乗っている」のほうが大事です。ここは本当にそうです。

6.2. SYN / SYN-ACK で TSopt を確認する

有効化後は 3 点を確認しました。

  • 問題の接続の SYN に TSopt があるか
  • SYN/ACK 側も TSopt を返しているか
  • 以降のデータセグメントと ACK にも TSopt が継続して載っているか

ここが確認できて初めて、「その接続で timestamps が実際に使われている」と言えます。

6.3. それでも効かないときに見る場所

タイムスタンプを有効にしても、こういう場合は改善が鈍いことがあります。

  • ロス率そのものが高い
  • 中間機器が TCP option を壊す、落とす、変形する
  • NIC / ドライバ / オフロード周りに別の問題がある
  • アプリが 1 本の同期呼び出しに全体をぶら下げていて、1 回の待ちがそのまま全停止に見える
  • 実際には TCP ではなく、カメラ側の処理停止や装置内キュー詰まりが主因

なので、対策はこの順番で進めるのが分かりやすいです。

  1. まず wire で再送待ちを確認する
  2. TSopt の交渉有無を見る
  3. timestamps を有効にして改善差分を見る
  4. まだ残るなら、ロス源とアプリ設計を別々に詰める

7. Wireshark で見るポイント

切り分けで使いやすい表示フィルタを挙げておきます。

tcp.stream eq <対象ストリーム>
tcp.analysis.retransmission
tcp.analysis.fast_retransmission
tcp.analysis.lost_segment
tcp.options.timestamp.tsval
tcp.options.timestamp.tsecr

見方にはいくつかコツがあります。

  • tcp.stream で対象接続だけに絞る
  • Time delta from previous displayed packet を出して、止まっている秒数をそのまま見る
  • 問題の瞬間に Retransmission が出ているか確認する
  • 接続開始時の SYN / SYN-ACK で TSopt が交渉されているか確認する
  • ACK の TSecr が返っているかを見る

ログとパケットを付き合わせるときは、アプリ時刻とキャプチャ時刻の基準差にも注意が必要です。ここがずれると、別件を犯人扱いしがちです。

8. ざっくり使い分け

症状 まず疑うもの 最初にやること
数秒単位でたまに止まる TCP の RTO 待ち 再送と時間差をパケットで確認
毎回ほぼ同じタイミングで止まる アプリ内待機、装置側処理、固定タイムアウト スレッド、SDK 呼び出し、装置ログを見る
高負荷時だけ悪化する CPU、GC、キュー詰まり CPU、割り込み、メモリ、キュー長を見る
広範囲の接続で一斉に悪い 物理層、スイッチ、中間機器 NIC、ケーブル、ポート統計、中間機器ログを見る
設定変更したのに変わらない TCP option が交渉されていない SYN / SYN-ACK を再確認する

最後の行は本当に多いです。設定をいじった満足感と、wire 上で使われている事実は、別ものです。

9. まとめ

今回のポイント:

  • 「たまに数秒止まる」は、アプリ停止ではなく TCP の再送待ちのことがある
  • 停止時間が RTO の待ち方と合い、Retransmission が見えるなら、かなり筋がよい
  • TCP timestamps option は RTTM と PAWS の仕組みで、再送時の RTT 測定の曖昧さを外せる
  • この事例では、RFC1323 系タイムスタンプを有効にすることで、RTO が過度に保守化したまま残る時間を抑えられた

避けたい進め方:

  • アプリログだけで通信停止の犯人を決める
  • OS 設定だけ見て、実パケットを見ない
  • タイムスタンプを有効にすればロス原因まで消えると思う

実務で効く進め方:

  • まず wire を見る
  • 再送と待ち時間の形を確認する
  • TSopt の交渉を確認する
  • 改善後も、ロス源とアプリ設計は別で詰める

つまり、この手の不具合は「速くする」より「どこで待っているかを当てる」ほうが先です。そこを外さないだけで、調査はかなり短くなります。

10. 参考資料

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小村 豪

合同会社小村ソフト 代表

Windows ソフト開発、技術相談、不具合調査を中心に、既存資産が残る案件や原因が見えにくい障害調査に強みがあります。

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